人のダメなところを見つけて叱責するのは、指導でも育成でも何でもない

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仕事において、上司が部下を怒鳴りつけたり叱ったりすることが多々ありますよね。

小・中・高校の部活動でも、先生が生徒を怒っていることをよく見かけます。

特に学校の先生が部活動の大会当日、試合中にミスした生徒を怒鳴りつけている光景は、本当によく見かけます。

私の長女・長男が二人とも運動部なので、よく応援に行きますし、生徒の送迎も手伝うことがあるため、試合当日の様子をよく見るのです。

学校の先生がミスした生徒に対して怒っている風景は、どこの学校でも頻繁に見られます。

そして、怒られた生徒が委縮してしまいミスを繰り返してしまったり、チームの雰囲気を悪くしてしまったり、チームワークが乱れていく様子は、どこの学校のチームでもよく見られます。

もちろん、先生の叱責によって奮起した生徒がミスを挽回することもあるのですが、多くの場合あまり良い結果につながっていません。

特に地区予選レベルの試合だからかもしれませんが・・・。

でも、試合当日に生徒のミスを怒ったところで試合に勝てるわけでもありません。

そもそも試合当日に生徒のミスを修正しようと思っても時間が足りなさすぎます。

そのような生徒が起こしやすいミスは、練習中に全て修正・解決して試合に臨むべきなのです。

それをするのが監督・先生の務めです。

それができておらず、試合当日に大騒ぎする監督・先生を見かけると、

「指導・育成のセンスがないなぁ」

「よくそれで教員免許取れたなぁ」

と思ってしまいます。

むしろ、試合当日にミスした生徒を叱りつけ、怒鳴り散らし、自分の感情を爆発させている監督・先生は見るに堪えません。

そのような風景からは、反面教師として“こういう人にはならないようにしよう”と思う以外、何一つ学ぶべきところはありません。

このような場面は、サラリーマンの職場でも見られるのではないでしょうか?

上司が部下を怒る際、感情的になったり、自分の価値観を相手に押し付けるたりする光景はよく見られます。

ですが、それでは相手は成長できません。

人に対して操作するような関わり方や、命令は機能しません。

コミュニケーションでは、命令や指示を“Directive Message”といいます。

なぜ“Directive Message”が人材育成の場面において機能しないのかというと、相手が心の中で“抵抗”を示すからです。

“Directive Message”が機能するのは、緊急時に相手の危険を早急に回避させる必要がある時などです。

例えば

「危ないから避けて!」

などのようなときに、“Directive Message”は効果的です。

ですが、相手の成長や変化を促す時には、相手自身が自ら

「成長したい!」

「このようになりたい!」

という心の動きがない限り、自発的な変化や成長は期待できません。

人はやりたいように取り組み、なりたい自分になるからです。

そしてそれが自分自身にとって、とても心地良いからです。

誰だって自分が心地良いことをしたいですからね。

機能する指導・育成とは、

  1. 相手の良さを見つけ、そこを褒める
  2. その上で、“相手がこのようになったら、将来もっと素敵な人材になれるよ”との具体的な像を示す
  3. 2.の人物像と、その実現のための取り組み方を相手に考えてもらう
  4. その取り組みを見守る
  5. 都度、新たにできるようになったことを見つけ、承認し、ゴールに向かって前進していることを相手に実感してもらい、相手が継続して自発的に取り組むことをサポートする
  6. ゴールに到達したら、そのことを承認し、再度新たなゴールを設定する
  7. 相手の“良さ”を常に活かし、伸ばす

ということが求められます。

監督・先生・上司でも、相手の心に訴え、変化を生みだし、相手自身の自発的な成長への取り組みを促すことが求められます。

実際生徒を怒らず、生徒自らが考え取り組むような指導の結果、その生徒がボクシングのインターハイで全国優勝を成し遂げたという実績を持つ監督が盛岡におられます。

このような監督がコミュニケーションについてしっかり学んでいたから成しえたということも見逃せません。

「あいつはいつまで経っても…」

「あいつは○○だから…」

などと嘆き悲しんでいる監督・先生・上司は大変多いですが、そのような生徒や部下を生み出しているのは監督・先生・上司本人に他ならないということを、人材を育成する立場にある人は皆自覚する必要があります。

「あいつはバカだ…」

と言っている方は、あなたの方がバカです。

部下の方がマシです。

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